引違い窓はなぜ日本でこれだけ普及したのか。 kubota

窓にもたくさんの種類があるのですが、他の国ではそれほど使われないのに日本ではとても使われている窓の種類があります。引違い窓です。

 

何十カ国とこれまでに訪れましたが、引違い窓に出会った記憶が日本以外ではありません。反対に、日本では窓といえばほぼ引違い窓です。タワーマンションですらベランダに出るために設けられていることもあり、そのために転落事故が起きたりしています。また構造上どうしても隙間ができやすいため断熱性能は他の種類の窓に対して劣ります。それなのにここまで普及し人々の生活に浸透していった理由はなんなのでしょう。普及しすぎて生産量が圧倒的でそれを選んだ方が安いので選ばれ続けるという状態になっています。

 

明治に近代化が始まる以前、日本で人々が住んでいた家は木と紙でできていたものがほとんどだったと思います。その材料で金属を使う蝶番を使わなくて良いのは引き違いや引込み等の横に滑らせる形の建具形式になります。内装においても日本では襖や障子と言った横に移動させる建具が発達しており、押し開きドアのような形はかなり少ないように思います。

 

作り手が簡単に作れるからという問題だったのか、感性の問題だったのか。両方なのでしょう。以前チームラボの猪子さんがTEDで話しされていたようにもしかしたら昔の日本人が見ていた世界にフィットしたのかもしれません。西洋のパースペクティブとは違い日本人にはレイヤーが何枚も重なったように世界が見えていたに違いない、というこのプレゼン、「日本文化と空間デザイン〜超主観空間〜」です。

 

枠にガラスがはめられている現在の窓に近いものは明治に入ってから使われるようになったのかと思いますが、その時その窓を作る人たちは横に滑らせるものしか作ったことがない人がほとんどだったんじゃないかと思うんですよね。職人の世界は学校というものがなく、徒弟制度だったはずなので、過去に作られていたものと同じような形で見た目だけ近代化していったものを作り続けていったと。

 

YKKやトステムがサッシを工場で量産しようとなった時もどのようなタイプの窓を作るべきか、といった議論があったんじゃないでしょうか。その時に開発側が引違い窓を最初に作ろう、といったのか、色々な窓を作って売ってみた結果売れたのが引違い窓だったのか、ここも気になるところですが、どちらかの都合でそうなったんですよね。

 

いろいろな分岐点はあるのですが、どういう人間のどういう意思決定により現在のような状況が起きたのか。想像すると楽しいです。一つ一つの小さな意思決定が大きな違いを起こしていく。詳しい方いらっしゃったら教えて欲しいですね。気になって仕方がないです。